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★★10月度「現代まちづくり塾」(第32回)報告★★日時:2005年10月15(土)13:30〜17:00 場所:法政大学市ヶ谷キャンパス80年館7F会議室 |
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■田村明「現代都市・まちづくり講座」 −都市の過去・現在・未来− 第一部都市の原理(T〜Yまで予定) T都市の発生とその意味−都市文明を問う(修了) U世界の都市とその興亡−都市文明の歴史−比較都市論 −人間はどのような都市をつくったか−(シリーズ17回目) テーマ:15.都市文明の歴史−比較都市論の総括 講師:田村明氏(地域政策プランナー) 参加者:15名 ○都市の総論 今後の予定として、西欧と日本の比較など都市論の総括をしてみたい。今日は、その前に世界の都市の興亡、都市文明の諸形態ということでお話したい。 ○都市の発生 マンフォードはネクロポリスが都市のもとではないかと言っている。日本の場合は「市」から発生した。日本では「お上」(権力)が先に出来て都(みやこ)が造られた。日本人は権力に弱い。日本の地方の権力者はまちをあまり造っていない。農民と武士とがはっきりと分業していなかったので農繁期には軍事力が弱くなってしまっていた。 一般的に都市は必ずしも権力を示すものではなく軍事力は都市を必要としない。都市と権力は近いようで別のものである。 ○都市成立の条件 ひとつには物流の拠点である。川や海があると港が流通経路となって都市ができる。陸運はあまりあてにならない。また土地がないと都市ができない。都市ができると収奪が起こるので安全も確保する必要がある。ギリシャの都市が岩山の半島にあるのは防御のためと考えられる。平地では人工的に城壁をつくることになる。 ○都市の装置 ヨーロッパの都市では今も城壁の残っているところが多い。また環濠、門などを造って防御した。また水源と排水の便も必要とした。王宮や都市の広場もアゴラに習ってつくられた。日本では広場の伝統がなく町並みだけがある。西欧では都市は広場と城壁があるが日本では無い。共通して都市には盛り場や祭りがある。 ○都市の継続と発展 支配力と統治機構があって都市は継続する。日本では御代官様が統治して市民が育たなかった。統治機関がないと大勢の人は暮らせない。また吸引力となる魅力が必要で、それが人々を惹きつける。産業革命以後の都市は生産力を持つようになったので都市が変質した。今は情報がコンピュータで流通するようになったので更に変質するかも知れない。都市の消費力、結合力も都市の発展に必要なものである。 ○都市の主体 都市の主体となるものは、王・貴族・武士などの支配権力、商工業者・労働者などの住民・市民、などである。ではこれからの主体となる自治をどうするのかが現在の最大の課題である。 ○都市の政治 中央政府にとって都市はなんなのか、ひとつには出先機関・下請け機関である。それをどのように自治組織・自立組織とするかが現代の課題である。他の国では大権力を必要としない都市の自治組織を編み出した。日本では未だ自治が育っていないので見習うことはある。自由と統制のバランスが必要である。 ○都市の衰退と滅亡 古い都市は現存していないものが多い。都市は衰退し、滅亡するものである。面白いのはアテネだが丘の上に現存している。日本では5000年も続いた都市はない。京都は町割が変貌しながら遺伝子のように続いている。都市は破壊と再建を繰り返すいのちのようなものである。 ○会場から ・前橋市は今は空洞化してしまっているが前橋初市という市があって伝統的な香具師の1300店ほどが集まる。なぜ400年も市が続いたのか、現代の都市が失ってしまった要素を持っているのではないか。現在でもこの要素を生かせないだろうか。 →イベントが成功するのは普段がないからとも言える。 ・以前聞いた宗教者の話では都市の下には死者の遺骸などが中心になっていると聞いた。東京という都市では、宗教や穢れの思想とどういう折り合いをつけてゆくのか。 →沖縄では洗骨などの風習がある。火葬は日本の例外である。墓苑の設計をしたかったこともある。 ・渋谷では駅とか広場は良いテーマであるが、日本人の感覚では市民運動が組合的な感覚になってしまっている。市民と呼ばれることに抵抗を感じる人たちがいる。町人と市民との感覚の違いなのではないか。彼らは「お上」とつながっている。 ・都市の装置として日本では広場がなくて公園がつくられている。お役所は公園をつくるのではなくて何もない広場をつくったほうが良いのではないか。 →前橋市では国道を利用している。 →道路を広場として復活するという方法もあるのではないか。 →まちづくりは交通計画などお上の領分にまで踏み込む必要があるのではないか。 →日本では道路も公園もお上のももので市民のものになっていない。新たに広場をつくるより公園を開放すれば良い。道路使用もお上の言うことを聞いてしまう。誰か言ったほうがいい。 |
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