平成16年10月現代まちづくり塾
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★★★7月度「現代まちづくり塾」第22回のご報告★★★

日時 : 2004年10月16(土)13:30〜16:45
場所 : 文京シビックセンター3F会議室B
■第一部休会

■第ニ部13:30〜17:00「都市の過去・現在・未来」
〜世界の都市とその興亡〜
都市文明の歴史−比較都市論。
テーマ:古代アメリカ都市とアフリカの都市
アステカ、マヤ、インカ、トンブクゥ、ジンバジェ
講師:田村明氏(地域政策プランナー)
参加者:18名

◆古代アメリカ都市と−独立した文明
●メソアメリカ
古代アメリカは独立した文明としてあった。アメリカへの人類の進出は古い。その後、紀元前1200年ごろオルメカ帝国が発達し中庭を持つ小高い丘と石との神殿が作られていた。その神殿では人身御供の心臓を神像にささげるなどのすさまじい儀式が行われていた。

●テオティワカン
テオティワカンは平和な都市で城砦もなかった。黒曜石によって商業と交易も発達していた。天水に依存していたが不安定な都市でやがて滅びてしまった。

●マヤ文明
マヤ文明は熱帯雨林に発達したという特異な文明でなかなか発見されなかった。ティカルの遺跡となる神殿は密林のなかにあり、神殿となるピラミッドでは太陽に人身御供の心臓をささげていた。また球技場、天文台があり暦があり太陽信仰をしていた。都市の滅亡は謎となっており天文観測により都市から逃げ出したのかあるとき突然、滅亡してしまった。

●テノティトラン
テノティトランは湖のなかにある都市でアステカ国家の中心となった。この都市が現在のメキシコシティの原型となっているがスペインに滅ぼされてしまった。

●アンデス文明
数々の文明を引き継いでインカ帝国が出来た。アイユ(血縁共同体)や王道(都市に通じる道)などで中心となっていた。農業は美しい段々畑でジャガイモやトウモロコシをつくっていた。やがてペルー一帯を統合して土地三分法などの都市のしくみを持っていた。

●古代アメリカ文明
マチュピチュやマヤ文明は、都市をつくる条件に当てはまらないような条件の悪い場所にあり水も手に入りにくいような山の上にある。このような場所に都市が発達したのは不思議である。旧世界の都市の条件には当てはまらない。やがてスペインに滅ぼされてしまったが、このような特異な都市を知ることは、ヨーロッパ文明とは違った学ぶべきものがあるのかも知れない。

●会場から
・都市のサイズはどれくらいだったのか
・現代でもこのような違った価値観で都市が発達するものでしょうか
・イースター島はどこから来た文明か
→アメリカ文明が渡ったのではないか
・高いところにある文明も他都市との交流はあったのでしょうか
→あった、彼らにとっては不便なところではなかったのかもしれない。
人が集まらないと都市にはならない。このようなところに都市が発達したの
は、世界は広いですね。

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■塾生の話題提供

◎塾生の話題提供−三橋重昭氏(NPO法人まちづくり協会)
テーマ:「前橋市の中心市街地活性化策について」

●中心市街地の空洞化
前橋市を例にとって話をしたい。果たして市街地中心部は空洞化・スラム化しても良いのか、まちづくり三法は中心市街地活性化に役立ったのか?
中心市街地活性化法で、全国自治体で650の基本計画が策定されているが、それをベースとした活性化事例はごく僅か。

●中心市街地の活性化
前橋では「人が活き、詩情あふれる文化交流都心(みんなでつくろう前橋の顔!)のコンセプトが明言されている。

●前橋の中心市街地
前橋の中心市街地(重点地区)は約500m×500mの範囲にある9つの商店街等によって形成されている。
その通行量は昭和50年から減少し続けていて、銀座通りは3万6千人が、1400人に、前橋西武前などは一万人以上もあった通行量が400人以下に減っている。(隔年5月第三日曜日10:00〜18:00歩行者通行量調査結果)
なお重点地区の住民は約1,500人、圧倒的に高齢女性が多い。
次が高齢男性。9才以下の子供の夜間人口は42人。
(少子高齢化の典型)

●私の思うこと
都市は、住民・市民が根である。道路・公共施設等のインフラが幹で、葉の部分が所得・雇用、商業は花である。
花の部分だけを活性化しようとしても無理。
トータル志向で考えないと!

思い切ったことをしなければ、地方の中心都市は惨憺たる状況になるだろう。現代まちづくり塾で新しい発想を見つけてゆきたい。

●会場から
・(田村先生)私が予想したよりもなお早く市街地中心部は空洞化してしまった。
・うまく機能しているTMOは?また、その共通要素は?
→認定TMOは全国で350ほどあるが、三橋が知る限り、ごく僅か。
青森、三鷹、飯田、金沢、長浜などが比較的うまくいっているのではないか。
うまくいっているところは、
首長がリーダーシップを発揮している(青森、三鷹等)
地域コミュニティの力がある(長浜等)、
取り組み視野が広く、結果としての商業活性化を狙っている(飯田、金沢等)
が要素として挙げられるのではないか。

・中心市街地がスラム化して無法地域になっているところもある。
→法は既成ルール、それが無くなったのであれば、何もとらわれずに自由にまちづくりができるのではないか。チャンスである。

・TMO内でどのような人材が活用できるのか、行政でなく民間企業の経験が必要なのではないか。企業のリタイア者が活用できないか。
・名古屋・豊田では成功している例もある。

・まちが急激に変貌している。コンビニも駐車場を拡張している。まったく発想を変えないとだめなのではないか。
この前橋市の基本計画もピントはずれなのではないかとも思ってしまう。

・東京の都心でも閑古鳥が鳴いている。
例えば大学と連携するとか起死回生策を練っている。
・商店街は植物性、大型店舗は動物性で、大型店舗は儲からなければ出て行ってしまう
・飯田市でアンケート調査をしたが中心市街地活性化が必要と考える人は、複数回答で3割以下だった。
・坂出市では犬10匹に人1人という状況でチャレンジショップなどの試みをしているが補助金消化に終わっている。

・3年ほど浜松で中心市街地の活性化に取り組んだが、この前橋市の活性化基本計画も人が書いたものではない。建設省が書いたようなもので、補助金のためのものではないか。
基本計画をベースに活性化に取り組んでも難しいのではないか。
→前橋中心市街地は環境、文化に恵まれ、また地域力・人間力を感じている。
新市長も公約で中心市街地を掲げている。
これからの前橋市における取り組みを成功させ、新しい中心市街地活性化のモデルとなるようなものをつくっていきたい。

なお、これらの議論には、前橋市担当課長も参加、熱心に耳を傾けていました。

平成16年10月17日
三橋重昭
(レジュメ:池沢さん)



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